
皆様こんにちは。八光流柔術 東京武揚会にて指導にあたっております、免許皆伝師範の今野芳山です。
私は道場で柔術を指導する傍ら、医療現場で理学療法士(PT)として人体の運動機能回復に携わり、さらには夜な夜な妖怪の伝承を漁る「中級妖怪博士」としての顔も持っております。
「古流武術」「リハビリテーション医学」「妖怪」──水と油に思えるこの三つは、人体の不思議を紐解いていくと見事に一本の線で繋がります。
本日は、八光流柔術の特徴である「力まずに相手を無力化する」技のメカニズムを、「ライトタッチ理論」と「重力の活用」という医学的・物理学的エビデンスから推察いたします。
妖怪たちにも案内役を務めてもらいましょう。
第一章:「ぬらりひょん」のように技を掛ける
八光流柔術の技を受けた方は、口を揃えてこう仰います。
「何をされたかわからないうちに倒されていた」
「押された感覚もないのに、立っていられなかった」
力に力で抗うのではなく、相手の力を無力化し、自滅させるように崩していく。
この捉えどころのなさは、妖怪の総大将「ぬらりひょん」に通じます。
夕暮れにふらりと他人の家に上がり込み、主のごとくお茶を飲んでくつろぐ──気づいた時には既にその場を支配されている、あの感覚です。
ところで、武術で相手を力でねじ伏せようと強く掴むと何が起きるでしょうか。
人間の筋肉には筋紡錘やゴルジ腱器官といったセンサーが備わっており、強い外力を「危険」と察知すると瞬時に脊髄・脳へ信号を送ります。
その結果、伸張反射などの防御反応が起こり、相手の筋肉は無意識に硬直し、姿勢を立て直そうとします。
強く握れば握るほど、相手は岩のように頑強になり、倒しにくくなるのです。
八光流柔術は、この防御反射を起こさせません。
ぬらりひょんが他家に忍び込むように、相手の神経系に「攻撃されている」と気づかせないまま、姿勢制御システム=脳へ侵入していきます。
第二章:医学的エビデンス「ライトタッチ理論」の魔法
ではどうすれば防御反射を起こさず触れられるのか。鍵となるのが、理学療法でも良く使われるライトタッチ理論(Light Touch Contact)です。
1990年代半ば、Jeka と Lackner らが画期的な実験を発表しました。
目隠しで片足立ちになった被験者は、本来であれば壁を強く掴んで体を支えようとします。ところが、指先で約1ニュートン(およそ100g重)以下の極めて軽い接触を壁に保つだけで、身体の動揺が劇的に減少することが示されたのです(条件により最大半減)。
100gの力では物理的に体を支えることはできません。ではなぜバランスが保てるのか。
答えは、指先からのわずかな触覚情報(体性感覚)が脳に届き、その接地点を「環境の基準点」として利用するフィードバックループが形成されるからです。
これをハプティック・アンカー(触覚の錨)と呼びます。
相手の手首や衣服に触れる際、決して握り込まず、指先や手掌を通じて極めて軽い接触を保つ。
すると相手の脳は、痛覚・圧覚センサーは反応せず、警報を発しない代わりに、私の手を「自分自身のバランスを保つための基準点(壁や手すり)」として無意識に取り込むという錯覚に陥ります。
妖怪に例えるなら、寝ている人の枕をそっと動かして方向感覚を狂わせる「枕返し」の所業です。
相手の脳が私の手を「頼るべき壁」だと誤認した瞬間、勝負は決まります。
私がその「壁」をスッと動かせば、脳はバグを起こし、自らバランスを崩していくのです。
第三章:重力の活用と妖怪「子泣き爺」
ライトタッチで姿勢制御システムをハッキングしたら、次に必要なのは「動力」です。
八光流柔術は腕力・筋力ではなく、地球上に等しく降り注ぐ重力(Gravity)も動力源とします。
ご存知の方も多い「子泣き爺」。
山道で赤子の姿で泣き、哀れんで抱き上げると徐々に石のように重くなり、ついには抱えた者を押し潰してしまう恐ろしい妖怪です。
武術の達人が用いる「重み」はこの現象そのものです。
人は立っている間、抗重力筋を常時働かせて姿勢を保っています。
武術の達人は、その筋緊張を瞬時に解き、自身の重心(Center of Mass)を急速に落下させることができます。
これを「抜重(ばつじゅう)」と呼びます。
体重60kgの人物が筋肉の支えを一瞬で消し、重心を真下に落とす。このときライトタッチで相手と繋がっていれば、相手の脳は私の手を「頼るべき軽い壁」と認識しているその「壁」が突然、60kgの質量を伴って真下へ沈み込むという事態が起こります。
人間の姿勢反射が立ち上がるまでには、脊髄反射でも30〜50ms、姿勢を立て直す長潜時反応では80〜100ms程度の神経伝達の潜時が必要です。
重力に乗った重心降下は、この潜時より早く相手の体軸を地球方向へ引きずり込みます。
腕力で「引き下ろそう」とするとベクトルがブレ、相手に抵抗の隙を与えます。
しかし適切な脱力からの重力による重心降下は、一点の曇りもなく地球中心へ向かう純粋な鉛直ベクトル。
相手からすれば、触れられている部分は羽のように軽い(ライトタッチ)のに、突然逃れられない巨大な質量(子泣き爺)に襲われる感覚に陥るのです。
結果、相手は抵抗する間もなく、自らの体重と私の体重、そして重力に巻き込まれるように崩れ落ちていきます。
おわりに:東京武揚会で「妖怪」の如き技を体験しませんか?
八光流柔術が持つ「無力で倒す」という一見オカルトめいた現象も、ライトタッチによる体性感覚のハッキング(ぬらりひょん・枕返し)&抜重と重力ベクトルの純粋な伝達(子泣き爺)という、神経生理学とバイオメカニクスの視点で解剖すれば、極めて理にかなった身体操作であることがご理解いただけたかと思います。
昔の日本人は筋電計も三次元動作解析装置も持ちませんでした。
それでも己の身体感覚と途方もない修練の中で「神経のバグ」と「重力の法則」を体得し、伝承してきたことは本当に驚きです。
現代医学やスポーツ科学が何百年も前の武術の正しさを後追いで証明しているのですから、人体の奥深さには感動すら覚えます。
ただし、頭で理解することと、実際に体現することは全くの別物です。
「ライトタッチ」と口で言うのは簡単ですが、相手を前にすれば本能的に手に力が入ります。
「重力を使う」とわかっていても、無意識に筋でブレーキをかけてしまう。
これを削ぎ落とし、純粋な神経伝達と重力だけの動きを身につけるための稽古が、八光流柔術の「型」です。
東京武揚会では、医学的・物理学的な視点も交えながら、老若男女問わず安全かつ深く武術を学べる環境を提供しております。
筋力に頼らないため、女性や年配の方でも驚くような技を体得することが可能です。
「本当に力を使わずに人が倒れるの?」
「自分も子泣き爺になってみたい!」(?)
そう思われた方は、ぜひ一度、東京武揚会の道場へ足をお運びください。
中級妖怪博士の理学療法士が、皆様の神経系を優しくハッキングし、重力の不思議な世界へご案内いたします。
八光流柔術 東京武揚会
免許皆伝師範/理学療法士/中級妖怪博士 今野 芳山
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