八光流柔術と「第六感」の科学 〜妖怪『覚(さとり)』の正体とは?〜

サトリとぬっぺふほふ
サトリとぬっぺふほふ

皆様、こんにちは。八光流柔術東京武揚会で指導にあたっております、今野芳山です。


​私は普段、八光流柔術の免許皆伝師範として道場に立つ傍ら、訪問看護ステーションで理学療法士(PT)として身体機能回復のためのリハビリテーションに従事しています。そしてもう一つ、夜な夜な古文書をめくり、全国の奇譚や妖怪について研究する「中級妖怪博士」という少し変わった顔も持っております。


​「武術」「医学」「妖怪」。


一見すると全く交わらないこの3つの世界ですが、実は人間の身体と心の奥深さを探求するという点において、これ以上ないほど密接に結びついています。


​本日のブログのテーマは「八光流柔術と第六感の科学」です。


​武術における達人の技や「気配を読む」といった現象は、しばしばオカルトや魔法のように語られがちです。しかし、医学・理学療法の視点から見ると、そこには非常に明確なエビデンス(科学的根拠)が存在します。今回は、私の大好きな「妖怪」たちにも登場してもらいながら、八光流柔術がどのようにして私たちの「第六感」を覚醒させるのかを楽しく紐解いていきましょう。


​1. 妖怪『覚(さとり)』と達人の「心眼」


​日本の飛騨の山奥には、『覚(さとり)』という妖怪が棲んでいるという伝承があります。覚は人間の心を読み、次に何をしようとしているかを全て言い当ててしまう恐ろしい妖怪です。「次はお前、右から打ち込んでこようとしているな」と、攻撃の意図を完全に読まれてしまうため、人間はどうやっても覚を退治することができませんでした。


​武術の世界において、相手の攻撃が来る前にそれを察知し、未然に制してしまう達人の姿は、まさにこの「覚」そのものと言えるでしょう。では、達人たちは本当に超能力やテレパシーを使っているのでしょうか?


​理学療法士および神経科学の視点から言えば、これは魔法ではなく、「予測的姿勢制御(Anticipatory Postural Adjustments: APA)」の察知と、脳内にある「ミラーニューロン」の極めて高度な働きによるものだと説明できます。


​予測的姿勢制御(APA): 人間が腕を前に出す(パンチを打つ)際、実は腕の筋肉が動くコンマ数秒前に、姿勢を安定させるために足や体幹の筋肉(ヒラメ筋や腹横筋など)がわずかに収縮します。達人は、相手の拳ではなく、この「体幹や足元の微細な重心変化」を無意識下で視覚や皮膚感覚から読み取っているのです。


​ミラーニューロン: 他者の行動を見たとき、自分自身も同じ行動をしているかのように反応する脳の神経細胞です。長年の稽古により、達人は相手のわずかな筋肉の緊張を見るだけで、自分の脳内で「相手が次にどう動くか」をシミュレーションし、意図を先読みしています。


​妖怪『覚』の正体は、こうした人間の微細な生体反応を無意識に読み取る能力が、極限まで研ぎ澄まされた人間の姿だったのかもしれません。


​2. 科学が証明する本当の「第六感」:固有受覚とは?


​一般的に「五感」(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)という言葉はよく知られていますが、実は医学の世界には、私たちが生きていく上で欠かせない「第六の感覚」が存在します。それが「固有受覚(こゆうじゅかく:Proprioception)」です。


​固有受覚とは、目をつぶっていても「自分の腕が今どのくらい曲がっているか」「足にどれくらいの体重がかかっているか」が分かる感覚のことです。関節の袋(関節包)や、筋肉の中にある「筋紡錘(きんぼうすい)」、腱にある「ゴルジ腱器官」という特殊なセンサーが、脳に身体の位置情報を絶えず送り続けています。


​八光流柔術の技は、この「固有受覚」をハッキングするシステムと言っても過言ではありません。


​例えば、八光流の代名詞とも言える手首を極める技。力任せにねじ伏せようとすると、相手の筋肉(筋紡錘)は「引っ張られた!」と感知し、伸張反射を起こして強烈に抵抗します。しかし、八光流の技は、相手の筋紡錘やゴルジ腱器官の閾値(センサーが反応する限界点)を超えないよう、極めて滑らかに、かつ特定の経絡(ツボ)を刺激しながら侵入していることが推測されます。


​結果として、相手の脳は「攻撃されている」「関節が極められている」という情報を正確に処理できず、気づいた時には抵抗不能な状態に陥って崩れ落ちてしまうのです。これはまさに、相手の第六感(固有受覚)にバグを起こさせる医学的にも理にかなったアプローチなのです。


​3. 妖怪『ぬっぺっぽう』に学ぶ究極の「脱力」と筋膜(ファシア)


​八光流柔術における最大の極意の一つが「適切な脱力(だつりょく)」です。自分が力んでいては、相手の固有受覚を刺激してしまい、技は絶対にかかりません。


​ここで登場するのが、顔も手足の区別もつかない肉の塊のような妖怪『ぬっぺっぽう』です。ぶよぶよとしていて、どこを叩いてものらりくらりと躱されてしまいそうなこの妖怪こそ、実は武術における理想の身体状態の一つと言えます。

ただし、ふにゃふにゃな『ぬっペっぽう』は良くなくて張力と軸のある『ぬっペっぽう』でないと適切な脱力とはなりません。


​理学療法の分野では近年、「筋膜(ファシア:Fascia)」という組織が非常に注目されています。筋膜は全身の筋肉や臓器を包むボディースーツのようなもので、実は筋肉そのものよりも約10倍も多くの感覚受容器(センサー)が存在すると言われています。


​自分が力んでいる(筋肉を硬直させている)状態では、この筋膜がピンと張り詰めてしまい、センサーとしての感度が著しく低下します。逆に、身体の無駄な緊張を解き、妖怪ぬっぺっぽうのように柔らかく流動的な状態(脱力状態)を作ることで、筋膜のセンサーは最大限に機能し始めます。


​八光流の稽古を通じて無駄な力みを取り除くことは、単に「疲れないため」だけではありません。自分自身の筋膜の感度を上げ、相手の微細な力の方向や緊張状態(第六感)を皮膚越しに感知するための、極めて科学的な身体チューニングなのです。


​4. 殺気を感じるメカニズム:内受容感覚と自律神経


​最後に、「殺気」や「気配」を感じるメカニズムについて触れておきましょう。


背後に人が立っただけで「ハッ」と気づく経験は誰にでもあると思います。これもオカルトではなく、「内受容感覚(Interoception)」という機能が関係しています。


​内受容感覚とは、心拍数や呼吸、胃腸の動きなど、自分自身の「身体の内部の状態」を感じ取る感覚です。この感覚は脳の「島皮質(とうひしつ)」という部分で処理されます。


​実は最近の脳科学の研究で、「自分の内側の状態を繊細に感じ取れる人ほど、他者の感情や意図を読み取る能力(共感力)が高い」ということが分かってきました。


​相手が攻撃を仕掛けようとする時、相手の自律神経(交感神経)は優位になり、呼吸は浅く、心拍数は上がり、目には見えない微細な発汗や熱の放射が起こります。研ぎ澄まされた武術家は、自分自身の内受容感覚が極めて鋭敏であるため、空間を伝わってくる相手のわずかな自律神経の変化(つまり「殺気」)を、自身の皮膚や身体内部の共鳴として察知できる可能性があります。


​見えない鎌で突然切り裂かれる妖怪『鎌鼬(かまいたち)』の攻撃を避けるには、視覚に頼るのではなく、この島皮質と内受容感覚をフル活用するしかありません。


​結び:道場で「第六感」を磨いてみませんか?


​いかがでしたでしょうか。


八光流柔術が伝える「力を使わない」「相手と争わない」という教えは、単なる精神論ではありません。


​予測的姿勢制御(APA)とミラーニューロンによる「先読み(覚)」


​固有受覚のコントロールによる「相手の無力化」


​筋膜(ファシア)を解放する「適切な脱力(張力と軸のあるぬっぺっぽう)」


​内受容感覚による「気配の察知」


​これら最先端の医学的・理学療法的なエビデンスと見事に合致する、極めて合理的で科学的な身体操作術なのです。


​現代社会はパソコンやスマートフォンに囲まれ、私たちの「五感」は常に過剰な刺激にさらされています。その結果、本来人間に備わっている大切な「第六感(固有受覚や内受容感覚)」は鈍り、心身の不調をきたす人が少なくありません。


​八光流柔術東京武揚会の道場では、年齢や性別、体力の有無に関わらず、誰でも安全にこの「身体の神秘」を学ぶことができます。力ずくの筋力トレーニングではなく、自分の内側と静かに向き合い、眠っている第六感を呼び覚ます稽古は、現代人にとって最高のマインドフルネスであり、セルフケアでもあります。


​妖怪たちが跋扈した古の時代から伝わる人間の不思議な能力。


それを、現代の科学と伝統武術の交差点である私たちの道場で、ぜひ一度体感してみませんか?


道場にて、皆様と不思議で楽しいお稽古ができることを楽しみにしております。